「美味しんぼ」騒動に想うこと。

「美味しんぼ」騒動で、原発問題があらためて取り沙汰されていますね。
それだけでも、出版社や作者の功績は素晴らしいと思います。

つい先日ですが、
いきつけのBarにて、とある女性と「原発論争」になりました。

その方はシングルマザーでこちらに住んでおり、
お母さんの実家は南相馬で現在も住んでいるとのこと。

そしてその方が言うには「原発は必要だ」とのこと。
「危ないかも知れないけど必要だ」と。
実家が大変な目に遭っているのに、そう言うのです。

特に明確な理由があるワケではないんです。
ただなんとなくよく聞く、
「経済的に必要だから」とか。
「電気が足りなくなるでしょう」とか。

当然のように、
現在原発は一基も動いていないことなどを伝えても聞く耳持たず。

経済的な理由に対してはいつものように、
そういう問題ではないことを伝えます。

もし仮に原発を動かした方が経済的メリットがあったとしても、
なにしろとにかく小難しい話は抜きにして、
危ないんだから原発なんて止めようよ、と。

しかし彼女は、お酒のせいもあり、
より頑なに、というかもう感情的に「原発必要」発言を繰り返すのみ。

ボクも止めとけばよかったのですが、
一児の親でありながら、また被災者の家族でありながら、
なぜそうなのか、と少し感情的になってしまい。

最後は向こうから話題を変え、その後は仲良く飲みましたが。

翌日、彼女から、
「どうしても認めたくないから感情的になってしまって申し訳ない。
どっちが正しいかなんて本当はわかっている。ごめんなさい。」
という趣旨のメール。

彼女から言わせれば、
子どもを持つ母親だからこそ、
被災者の家族だからこそ、
認めたくない、認められない、譲れない強い想いがあったのだろうと。

ボクも反省をしながら、そして思いました。

「美味しんぼ」に大きく反応する福島の方々も、
「風評被害」と叫ぶ方々も、やはり同じような感情なのだろう、と。

認めてしまったら、
そこに住めなくなってしまう。
子どもを育てられなくなってしまう。
生活できなくなってしまう。

今までの自分たちの苦しみや悲しみ、
犠牲にしてきたことはいったい何だったのだろうか、と。
もうそれは理屈ではない部分。

「現実逃避」と一言で片づけてしまうことは容易いけれど、
やはり当事者であるが故の強い想いがあるのだと思います。

一方では早々に自主避難する方もいて、
そんな人たちを非難する方もいて。

やはりそんな状況を産んでしまっているのは今の政府。

しっかりとはっきりと、責任を持って事実を明らかにし
誠実に対応する姿勢、それが事故後一貫して、ない。

もしかしたら政府自体が壮大な「現実逃避」をしているとも取れるこの状況。

そんな状況を変えるために自分に何ができるのか、
歯痒さを感じながらも、
まずは目の前のことにしっかり向き合おうとあらためて思う、
決選までおよそ一月となった夜。