苦しみさえも分かち合うことのできる社会

先日、長野県は安曇野市にて、
こんな催し物が開催されました。

安曇野合宿(澤村さん修正)

全国各地から、自治体議員と、議員を目指す人たちが集結しました!
北は岩手、南は福岡と総勢22名。
第一回としてはなかなかのものではないでしょうか?

各議員の話しや体験談などをうかがったり、
それぞれの意志や意見をフランクに話し合ったり、
議会とはどうあるべきかを論じたり。

そんなプログラムの中、
「どんな社会を実現したいのか」
をグループごとに話し合って発表するというものがあり。

自分は、
「他人のために自分が多少の損をすること厭わない社会」
というものを挙げました。

というのも、このプログラムの直前に、
合宿参加者のうち有志数名で「松本こども留学」というプロジェクトの見学に行ってきたのです。

松本市の空き家だったこの写真の家に、
今年の4月から、福島からの女子小中学生8名が親許を離れて暮らしています。

IMG_0950

問題は本当に様々あるそうですが、
何より一番はお金だそうです。聞くと存続が危ぶまれるほど。

国策として推し進めてきた原発なのに、
避難者に対して国は知らんぷりという現状に、あらためて腹が立ちますね。

そして、松本市もお金を出すことはできないのです。
なぜなら、その子どもたちは松本市民ではないから。
住民票は福島にあるから。

「住民でもない人間になぜ私たちの大事な税金を使わなきゃならないのか!」
という意見が一部の住民や議員などからあるそうです。

原発も同じだと思うんですよ。
「脱原発とか言ってるけど、そのせいで電気料金が上がってもいいのか?」
という意見をこれまで何人もの人から聞いてきました。

原発を止めることにより電力コストが増大するのかどうかの真偽のほどは置いといて。

もし本当にそうだとして、多少電気料金が値上がることくらいなんなのか、と。
安全のためなら、それで二度と福島のようなとこが起きないようになるのなら、
安いもんでしょう?

これだけ間近に困っている人、苦しんでいる人がいて、
それでもなんでたかだか電気料金がちょっと上がるくらいのことでビービー言ってんのか。

と、いうことを考えて、上記のような発言をしたワケです。
ビービー言う人がいない社会がいいなーと単純に思い。
そこから皆で話し合い、
「幸せだけでなく、苦しみさえも分かち合う社会」
というひとつの答えができました。

そんな社会を作り出すことに少しでもこの身を役に立てたいと、
あらためて想いを強くした合宿でした。

また今回のこの合宿は、何よりもまず、
そんな想いに駆られているのは自分ひとりではないということを確認でき、
参加者それぞれに大いなる勇気を与えてくれたのではないでしょうか。

来年は「候補者」ではなく「議員」として参加したいと思います。