川野が今、思うこと。

今、人々の心や感情、意見というものが「先鋭化」してきているように思います。

いわゆる「右」「左」ということでいえば、どちらもが極論化してきていて、

「真ん中」となる両者の間の部分、

一部重なり合う部分がどんどんと少なくなってきているように感じるのは私だけでしょうか。

 

たとえばアメリカのトランプ大統領の出現。

「メキシコとの国境に壁を築いて金はメキシコに払わせる!」

など公然と差別的な発言をする、いわずと知れた極右的人物ですが、

実はフランスやドイツなどヨーロッパでも右派勢力が台頭してきています。

イギリスはEUから離脱の動きをみせています。

 

海外だけでなくこの日本でも、

差別的・排他的な意見とそれに対抗する意見がたとえばネット上などで

まさしく銃弾のように飛び交っています。

 

実際にこの杉並区でもヘイトスピーチが行われ、カウンターも発生しました。

「どっちか」しかないんです。右か左か。白か黒か。正義か悪か。

果たして世の中って本当にそんなに単純なものでしょうか?

わたしは政治家になってまだ若干2年足らずの新米区議会議員ですが、

この世界に入って今、思うことがあります。

政治とは、私たちの生活の問題、今そこにある現実の問題なのだと。

もちろん私にも理想はあります。

 

「こういう世界で、日本で、東京で、杉並であってほしい」という理想。

しかし議会には、役所には様々な考え方の人たちがいて、

その人達が同じ案件について各々の立場から意見を表明するワケです。

 

もともと意見の違う人たちが、それぞれの理想論をぶつけ合ったところで問題は解決しません。

もし自分が少数派であれば、解決どころかまったく意にそぐわない結果になってしまうでしょう。

大切なことは、「意見の違う人の話も聴く」姿勢ではないでしょうか?

丸呑みするということではありません。

 

相手がなぜ自分と違う意見なのか、その理由から考える。

その根本までキチンと理解する、少なくともその努力をする。

もしかしたら、最終的に思い描くゴールは同じところかもしれません。

 

現実の問題を解決するには、話し合って、理解し尊重し、

どこまでお互いが譲歩できるかの落としどころを見つけていくということが

どうしても必要になってくると思います。

 

右か左か、白か黒か、そのどちらかしかなくなってしまったら、

あとはもう衝突しかありません。

 

そうならないためには、間の部分、

重なり合う部分を大切にしなければならないのではないでしょうか?

 

そのためには「信頼関係」を築くことが重要です。

意見が違っていても、人としての信頼関係を築くことはできます。

そうすれば少なくとも、話し合いのテーブルには着くことができるでしょう。

「そんなことはお前に言われなくたってわかっている」と思われる方、

たくさんいらっしゃると思います。

そう思います。

 

これって、政治だけでなく、どの世界にも共通する当たり前のことですよね。

職場や家族、友人など、どの社会においても基本的なことだと思います。

そんな人間として当たり前に必要なことを忘れずに、

そしてまた一方で「政治の基本は福祉である」という自らの想いも忘れずに、

これからも私たちの生活の問題、

現実の問題である「政治」に取り組んでいきたいと思います。