福島子ども保養プロジェクト・杉並の会

今年も皆様のおかげで、無事に実施することができました!
福島子ども保養プロジェクト・杉並の会。

8月13日~17日の4泊5日。
私は福島と郡山で子どもたちを迎えるために前泊。
今年で7回目でした。

例年よりも新顔が多く、リピーターは半分もいなかったですかね。
親子合わせて49名。

私は今回で5回目のスタッフ参加ですが、
なんだか年々身体が動かなくなってきて。。。
子どもについていけなくなってきて。。

ということで最近は大学生や高校生など若者に助けられながら、
私は肝だめしプロデュースをしたりと、
中間管理職的なポジショニングになってきました(;^ω^)

カレーコンテスト、流しそーめん、富士登山(御中道)、
肝だめし、親子対決ドッジボール、キャンプファイアー、花火、
などなど、毎年恒例の企画盛沢山でした!

基本的に晴れてましたが唯一、
風と冷気がひどく富士登山を途中でリタイアしたのが残念でした。

ご覧の通り、スイカ割りや子どもたちとの水かけっこなど、
だいぶこちらが楽しんでしまっておりますね。。。

ご存知の通り福島の放射線量はまだまだ減っておりません。
毎回、皆様からのご寄付でなんとかやっておりますこの会、
需要も必要性もまだまだあります!

今後とも、ぜひ是非、皆さま方のご支援のほど、
よろしくお願い申し上げますm(__)m

福島子ども保養プロジェクト・杉並の会
https://suginamihoyo.jimdo.com/

 

倉敷市真備町へ。西日本豪雨 その3(ラスト)

真備町のお隣、総社市も視察しました。

水害ももちろんですが、総社市は爆発し話題となったアルミニウム工場があります。
立ち入り禁止で遠目からしか確認できませんでしたが、
見るも無残な姿でした。
1500度以上の高熱をキープしなければならず、
夜間ですが熱を入れっぱなしだったところに水が流れ込み爆発してしまったというお話を伺いました。
爆発音は30キロ以上離れたところでも確認できたそうです。

水害に加え、爆風で屋根は飛びガラス窓は破れ、火の塊が落ちて来て屋根に穴が開く、中には延焼するという家もありました。

災害時には、本当に何が起こるかわかりませんね。。

 

よく、「現地では何が(物)一番必要なの?」
と聞かれます。
今はとにかく正直お金と人手です。
観光客も大分減ってしまっています。
ボランティアじゃなくても、
観光でお金を落とすだけでも助けになります!
募金もできます。

皆さんこの夏はぜひ、倉敷へ観光にいかがでしょうか?
美観地区は素敵でしたし、瀬戸内の魚は美味しかったですよ!
特にタコが美味しい!

最近は本当に毎年日本のどこかで災害が発生しており、
私も毎年視察&ボランティアに出かけております。
毎年それぞれの状況があり、また新しく感じる課題もあり。
これらの経験をしっかりと杉並区にも反映し活かしていきたいと思います。

おわり

倉敷市真備町へ。西日本豪雨 その2

また避難所も見学させていただきました。

真備町の小学校が避難所となっています。
仮設のシャワー室の壁には避難者たちの熱いメッセージがびっしりと。
体育館はエアコンがあり涼しく、段ボールベッドに仕切り布も設置されてます。
これまで見てきた避難所と比べると比較的良い環境とは言えます、が。
ご覧の通り、仕切りも薄い布一枚ですので音はダダ漏れですし、何より一人当たりのスペースが狭すぎます。
プライバシーという観点では日本の避難所はまだまだ後進国です。

世界には「スフィア基準」という、避難所環境として人道上の最低基準を定める基準があります。「日本の避難所はソマリア以下」と海外の専門家に言われたそうです。
登山家、野口健さんの著書、
「震災が起きた後で死なないために」という本が非常に勉強になります。
杉並区議会の質問で私は「テント村」のような屋外避難所を想定するよう求めています。

その3へつづく

倉敷市真備町へ。西日本豪雨 その1

8月の9,10と二日間だけですが、
西日本豪雨で最も被害が大きかった地域の一つ、
岡山県は倉敷市真備町へ、ボランティア活動を通した視察に行ってまいりました。

熊本地震や九州北部豪雨なども視察してきたせいか、
被災地の光景に少々見慣れて来てしまっている自分が少し怖いですが、
やはり被害は甚大でした。


被害が大きかった真備町の有井という地域では川の両岸が決壊してしまい、
川を十字に横切るように別の川が出現したとのこと。
想像するだけでも鳥肌が立つような恐怖感に襲われます。

いろいろなお話しを伺いました。
写真にもあるとある家は、
Uターンで東京から故郷にもどり2年前に退職金で建てたばかりの新築だとか。
心中察するにあまりあります。

二日目に伺ったお宅のお母さんは、朝からすごく緊張して切羽詰まったようで、気を紛らすかのように一人でせっせと作業をしていました。
しかし一緒に作業をし始めると徐々に緊張が解けてきて、
昼過ぎにはまるで別人のように元気になってくれました。
これまでずーっと頼る人もなく独りで頑張ってこられたのだとか。
「些細なことでもなんでもいーからまたボランティア呼んでいいんだよ!
頑張りすぎないで!」とハグをしてお別れしました。お互い泣きそうでした。

また写真にありますが、瓦礫の集積所となっている中学校の体育館は床がめくれ上がり異様な光景となってました。

その2へつづく